2014年5月5日月曜日

日本で最初に日の出を迎える教会で!?


 釧路に派遣されて約一か月。釧路、厚岸、中標津、そして今日、5月4日の根室の教会で、担当する4つの教会で主日のミサを捧げることができました。 

集中型から広域型の修道院へ

 1975年叙階され、最初の赴任地は札幌の11条教会で2年。福岡の高宮教会は5年半。埼玉の北浦和教会が3年。次に大阪の生野教会で9年。韓国での9年の後、再び生野教会で9年。これまではいずれも都会の、修道院と教会が一つになっているところでの宣教司牧だったのに比べ、釧路修道院では、100キロから120キロも離れている広域の教会を担当する宣教司牧で、これは全くの初めての経験ですが、それに年もとっていますし、寒いのは苦手ですが、実は今わくわくしています。

 車の運転が好きで、ビルと人ごみの中を走るのではなく、限りなく続く自然の中を走るのは爽快で、興味津々です。それに、小さな地方の教会は信徒数が僅かなのでほとんどすぐに覚えられそうです。というのは、釧路に来る前にスマホに変えたので各教会の信徒の写真を写させていただいているので、顔と名前を確実に覚えることができそうです。

広域型修道院の宣教課題は?

ただ、病気、結婚、葬儀といった司牧をはじめ、信仰を深めるための司祭としての関わりはかなり難しくなっているのではないかと危惧しています。さらに、これからの宣教を考えても信徒の方との関わりをどう深めるか、課題も多いと感じています。4月29日の釧路地区宣教司牧評議委員会の集まりに初めて参加させていただいたのですが、信徒の方々の自主的で未来を見据えた具体的の取り組みは大変興味深く感じました。一緒に協力していかなければと考えています。そのためにも、やはり顔と顔を合わせる出会いと交わりは欠かせないと思います。

「私の名によって集まるところに!」

 私たちはいま、復活されたキリストとの出会いと交わりを祝っています。それは人間的な交わりをさらに超えた信仰の交わりです。私は土曜日の夕方名寄の教会につきました。エマオでの弟子たちとイエスとの出会いの福音を読みながら、一人ご聖体の前で夕の祈りをし、黙想しました。弟子の一人がイエスに願います。「一緒にお泊りください」と。ここは日本の最も東の端にある小さな教会。しかし、最初に日の出を迎える教会です。翌日、主日のミサにベトナムの若い女性が二人ミサに来て、一人の方は「使徒ペトロの手紙」をたどたどしく、しかし、しっかり、はっきりと読んでくれました。彼女たちは遠いベトナムから研修生という形で働いています。言葉も、文化も違い、しかも厳寒の地でどれほど苦労していることかと思います。しかし今このミサで、私たちは7人の小さな集まりですが、復活された主は、「私の名によって集まっているここに私はいる」とおっしゃっているのだと思います!!彼女たちの明るい笑顔がそれを証していました。

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