2008年6月30日月曜日

 
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離散家族を探している右・李金順ヘレナさんと、中央・私と、左・白髪のご主人

離散家族を探しています。

 日本では今、拉致家族のことが大きく報道されていますが、李金順ヘレナさんは、
58年前の朝鮮戦争で生き別れになった離散家族を探しに来日されました。もし心当たりの方がありましたらお知らせください。以下はそのために作られて手紙です。

 私、李金順は朝鮮戦争で離れ離れになった家族・母と妹と弟を探しています。私の故郷は、北朝鮮の咸鏡南道(ハンギョンナムド)興南市天畿里4区36番地です。私が6歳の時に、父は死亡しました。母は妹・李キュンスク一人を連れて再婚しました。私は伯父伯母によって育てられました。伯父は興南市天畿里で鍛冶屋を職として長い間働きました。
母は再婚して、弟・韓哲(ハンチョル)を生みました。弟のもうひとつの名はバウです。私は家族と別れて毎日泣きながら暮らしていました。私が15歳の時に6,25の動乱(朝鮮戦争)が始まり、私は伯父伯母と一緒に船に乗り韓国に避難しました。故郷を離れて58年が過ぎました。
母が再婚して住んでいたところは、北朝鮮の咸鏡南道(ハンギョンナムド)の 洪原郡 三湖面 雲渓里です。新しい父の職業は郵便配達夫で、姓は「韓」、名前は不明です。2ヶ月前、6.25動乱の時、父母妹弟が船で韓国に避難するとき嵐に会い、漂流しているところを日本の船に助けられ、大阪に渡ったことが判明しました。私の母、妹、弟3人はクリスチャンです。

探し出してくださった方には100万円の謝礼を差し上げる所存です。

探している人:
母:金(김봉순)ボンスン 1921年10月8日生まれ。 88歳
妹:李(이경숙)イ・ギョンスク          70歳
     弟:韓(한 철)ハン・チョル(바우)  64歳
依 頼 人:
姓 名;李金順(이금순)イ・グムスン 1936年11月16日生まれ 72歳
現住所;〒604-851 韓国 釜山市 沙下区 下端2洞 870-25 
電 話;自宅 051-291-2175  携帯 017―577―8166

日本の連絡先:
電 話;06-6757-1792 (カトリック生野教会 中村神父)

2008年6月25日水曜日

ユギオってご存知ですか。

 ユギオってご存知ですか。今日、6月25日を韓国ではユギオと呼んで、「朝鮮戦争」が始まった日として、この日の出来事を忘れないようにと毎年記念しています。ユギオは625のハングル発音です。226事件といった言い方と同じです。

 Wikipediaではつぎのように書いています。「朝鮮戦争は1950年6月25日 に勃発し- 1953年7月27日停戦、(事実上終結)は、成立したばかりの大韓民国(韓国)と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の間で朝鮮半島の主権を巡って勃発した紛争から発展した国際戦争(1950年6月27日の国連安全保障理事会の決議では、北朝鮮による韓国への侵略戦争と定義している)[1]である。この戦争によって朝鮮全土が戦場となり荒廃し、朝鮮半島は南北二国による分断が確定されることになった。」

 韓国のカトリック教会は全国で、先日の22日、日曜日に「民族の和解と一致のために祈る日」とし、生野教会と日本橋の韓国語のミサでも、「南北統一祈願ミサ」を捧げました。奇しくもその日、北朝鮮で家族と生き別れたという信者の老婦人が、92歳になる母と64歳の妹を訪ねて、生野教会のミサに参加されました。この方の話によると、母親と妹は朝鮮戦争のときに、船で日本の大阪に渡ったらしいというがごく最近になって判ったため、何とかして会いたいと日本語がわかる80歳になるご主人と一緒に来日されたわけです。離散家族の悲劇は50年過ぎた今も終わっていないのですね。

2008年6月16日月曜日

ちょっといい話

 悲惨な事件、災害が続いています。梅雨の晴れ間のようなちょっと
いい話を朝鮮日報6月16日の記事に見つけました。


         「韓日両国の友情はぐくむきっかけに」
       50代の日本人、韓国の大学に2年連続で奨学金寄付

 「たとえ小さな取り組みであっても、韓国と日本の友情をはぐくむきっかけになればと思います」
 韓国と特別な縁があるわけでもない、ごく普通の日本人が、建陽大(忠清南道論山市、キム・ヒス総長)に2年続けて奨学金を寄付し、話題になっている。東京のある証券会社の投資顧問を務める間宮良雄さん(59)は昨年、「困っている学生のために使ってほしい」として、同大に奨学金50万円を寄付したのに続き、今月12日にも同大を訪れ、80万円を寄付した。

 間宮さんが韓国に対し愛情を抱くようになったのは、高校生だった約40年前のことだ。たまたまラジオで韓国の情報に接した後、韓国人との文通を通じ、韓国に対する関心や理解を深めていった。独島(日本名竹島)の領有権問題、歴史教科書の歪曲(わいきょく)問題、漁業権をめぐる対立など、韓日両国間のデリケートな問題が持ち上がるたび、韓国の立場を理解しようと心を砕いてきたという。そして、韓国に対する関心や愛情を実際の行動で示そうと、奨学金を寄付することを決心したという。母校である早稲田大の同窓生で、金総長と親しい韓国人の紹介で建陽大の金総長と知り合った。

 昨年、建陽大を初めて訪れた間宮さんは、毎年500万ウォン(約52万円)の奨学金を提供することを約束し、これを果たすために再び来韓した。今回、約束した額よりも多い奨学金を持参した間宮さんはまた、大学生の生活ぶりなど、現代の日本社会の多様な側面について紹介する講義も行った。

 同大は感謝の意を表するため、間宮さんを「専門企業人教授」に任命し、日本企業との産学協力に対する支援、日本での就職に関する特別講義などを要請することにした。間宮さんは「韓日関係がさらに親密なものになり、両国の若者たちが双方を理解するよう手助けしていきたい」と話している。

大田=ウ・ジョンシク記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版