2015年11月10日火曜日

釧路から雪の便り

北海道は本格的な冬を迎えました。釧路にも10月25
日には初雪が降り、11月8日は零下1度を記録し、車
もスノータイヤに履き替えました。

道東の牧師会が、10月26日、標茶のメノナイト教会
であり、川上、渡辺、中村が参加し、「安保法制に反対
する北海道宗教者の会」と、どう関わるかなど話し合い
しました。

11月1日。諸聖人の祭日には道東地区(釧路、根室、
中標津、厚岸、帯広、柏林台、池田、本別の8つの小
教区)の北海道宣教100年を記念してカトリック大会
が行われました。午後からは勝谷司教を囲んで教会の
現状と課題と、これから100年の宣教にどう取り組む
かが話し合われました。勝谷司教はミサの説教で
「聖人とは私たちがイメージしている聖なる人でなく、
マタイ5章イエスが告げる「幸いな人」で、「出かけていく
宣教」は「貧しい人」、「迫害さ れ、虐げられている人」と
どうかかわるか、「正義を実現する」ためにどう生きる
かにかかっていると述べられた。
 
 
翌日の2日、3日は緑が丘の修道院で、OFM釧路地区兄弟
集まりがあり、これからの道東地区での取り組みのな
かで、厚岸教会は主日のミサに2,3人しか参加がなく
釧路の巡回とすることを目指しながらも、そこで教会共
同体をどう残すかが話し合われた。
 
札幌教区の正平担当司祭に任命されている兄弟中村は、北
6地区の初めての正平代表者会議が3日に札幌で行わ
れ、これに参加した。正平担当司教である勝谷司教も、教区
としての正平のこれからの取り組みについての指針を述べ
られた。この日は、各地区の正平担当の代表者だけでなく、
各地の「ピース9会」の代表も参加し、59名の参加者となり、
各地区の活動報告と、これからの課題を話し合った。

 






2015年10月22日木曜日

釧路地区のこれからの福音宣教

 
 今年は信徒発見150年の記念の年で、各地からの巡礼も行われ、フランシスコ会でも、今年10回目となる「フランシスカンバス」は長崎巡礼を実施。全国から70名もの若者が参加したとのことです。とはいえ、日本の教会もフランシスコ会も召命の不足と、司祭(信徒も)の高齢化に悩まされ、深刻な状況になっています。

先日、10月11日、日本管区の宣教司牧委員・阿部兄弟の釧路地区の教会訪問があり、釧路、中標津、根室の役員さんたちと集会の中で、日本管区の現状、とこれからの取り組みが語れた。翌日、釧路の修道院でも同じ課題を話し合いました。

現在、日本管区の会員数は約100名、次の管区長が選出される4年後、2019年には80人弱となり、75歳以下の主任司祭を担当できる人数となると、20人前後になると推定されている。フランシスコ会が担当している小教区は50近くあり、これからの宣教司牧をどう取り組んでいくか緊急な対応を迫られています。

このために、①小教区間の交流 ②集会祭儀の実践 ③成人に対して、キリスト教を教え伝えることのできる信徒の養成 ④地区としての宣教司牧体制づくりを司祭、修道者、信徒が共に取り組むことが求められています。(カトリック新聞10月18日参照)

 これは、単に教会の組織の活性化だけを目指しているのではありません。教会の召命と派遣に基づいているものです。世界宣教の日は改めてそのことを気付かせてくれたと思います。私は、この日の福音のことば、「私は仕えられ為ではなく、仕えるために来た」と言われた主の御言葉が心に響いています。自分は今まで司祭として、修道者としてどんな生き方をしてきたのか問い直しています。

その具体的なきっかけとなったのは、「世界で一番貧しい大統領」と言われている、ウルグアイ大統領のホセ・ムヒカ大統領の、リオ会議(環境の未来を決める会議)でのスピーチです。「私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉がけっこうあると思いますが、みなさんには水源危機と環境危機が問題の根源でないことを分かってほしいのです。 根本的な問題は私たちが実行した社会モデル(使い捨てのハイパー消費社会)なのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということ。」 http://whats.be/2180

2015年9月29日火曜日

大雪山に積雪!

 北海道ははや冬の訪れとなり、釧路の修道院では朝晩ストーブをたいています。皆様の所ではいかがでしょうか。

 安保法案が憲法に背き、民意に背き、手続きにも背き、強引に強行採決がなされ、日本の政治も冬の時代に入ったかのようです。しかし、919日教会はすぐに抗議声明を出しました。 http://www.jccjp.org/jccjp/home_files/2015.9.19%20statement.pdf

さらに、日本カトリック正義と平和全国集会が21日から24日まで東京で開催され、基調講演の中で、中野晃一師は、安倍政権が目指している方向性を歴史修正主義の暴走と非難し、「東アジアにおける平和と社会正義のために今」のテーマで、奥田愛基さんを中心としたSEALDsなど若者の活動に、大学の教授や憲法学者、弁護士などが連帯し、若いママさんたちも互いにつながって声を上げ、いま日本に新しい動きができていることを語られた。

 今回の全国大会の特徴の一つは海外からも参加があり、「東アジアにおけるカトリック教会の脱原発の連帯を考える」分科会では韓国から司教、司祭、信徒の方が参加され、その中にフランシスコ会の兄弟もいました。ちなみに、韓国から一行は、代々木公園で開催された「923さよなら原発、さよなら戦争全国集会」にも参加され、連帯を呼びかけるスピーチには25千人の参加者から大きな拍手を浴びました。
 
この後、韓国からの一行は福島に向かわれ、これに勝谷司教も同行し、福島被災者との交流を深められました。私たち北海道から参加したものは、代々木公園から渋谷駅までのデモ行進にも参加し、脱原発と安倍政権打倒を叫びながら歩きました

 


2015年8月7日金曜日

平和旬間に活発な動きが!

 8月6日、修道院のミサで「平和を願う祈り」をささげ、原爆投下された8時15分に修道院の鐘を鳴らしました。これは釧路市の要請によるもので他の教会なども一斉に鳴らしました。また、夕方には釧路駅前での街頭デモにも二人の兄弟が参加しました。このデモは安保法制の廃案を求める「戦争をさせない・9条を壊すな!釧路行動実行委員会」が呼び掛けているものです。この委員会には、釧路9条の会、釧路アイヌ協会、釧路YWCA、安保法制に反対する釧路教育大有志の会など種々の呼びかけ団体が参加しています。そのほか個人で元市会議員とか、教師、牧師など多数参加しています。私も及ばずながら呼びかけ人の一人に入れていただきました。以下をクリックするとデモのときのスピーチをしている写真があります。https://www.facebook.com/nowarnonukes

 安保法制に対する反対の声は日増しに高くなっていますが、7月27日に、「安保法制」に反対する北海道宗教者連絡会が立ち上げられました。
カトリックからは勝谷司教が呼びかけ人の一人として参加され、キリスト教、仏教、神道、新興宗教の各派からも呼びかけ人として参加されています。5日には司教館から全道の教会と修道会に、以下のような賛同を呼びかけるFAXとメールが送られてきました。

「この度、呼びかけ人の一員となり「安保法制」に反対する北海道宗教者連絡会を立ち上げました。今こそ、北海道に在住する宗教者一人ひとりは、全ての人が生命を脅かされる事なく平和に暮らすという共通の価値観のもと、宗教・宗派・教派を越えて「安保法制」に強く反対の意志を現す事を求められていると思います。
  この呼びかけに共鳴・共感されて、一人でも多くの宗教者の方が賛同者に加わっていただき、その輪がより広がることを願っています。」

 https://sites.google.com/site/hokkaidoshuukyousha/home
司祭、修道者の方で賛同される方は上記をクリックして、「賛同者氏名用紙」に記入してくだされば大変ありがたいです。
 













 
 




2015年7月17日金曜日

釧路はもう秋です!?

  霧の町、釧路は7月に入るとさわやかな秋晴れといった毎日が続き、20度を超えることほとんどありませんでした。ところが先週土日と急に28,29度と、釧路にとっては猛暑日となりましたが、今朝は18度までに下がり、平年並みに戻りました。皆さんの所ではいかがでしょうか。台風で各地の豪雨注意報が出る一方、北海道でも35度を超える猛暑日の所も少なくないようです。

しかし、安保法案はついに強行採決で衆議院を通過しました。日本の政治状況は天気の話をしてるどころではないようです。全国で反対の声が挙げられています。7月2日には国会議事堂前の「安保法制反対」のデモに、カトリック正義と平和協議会の会長の勝谷太治司教が参加、日本の司教団を代表してはっきりと発言しているのがyoutubeに出ていました。ぜひ一度ご覧になってください。 

 さらに、7月15日安保法案が強行採決された日、すぐにfacebookde で日本カトリック正義と平和評議会会長の名で正式に抗議声明を出しています。

 私も昨日(16日)釧路駅前の抗議デモに初めて参加しました。60年安保以来のことで緊張しました。百数十人の小さな集まりでしたが、夕方の6時から1時間、戦争法案反対を叫びました。ローマンカラーの正装でいきましたので、プロテスタントの牧師先生や市会議員の方から声をかけられ、いろんな平和運動をしておられ方々ともかかわりを持つことができました。

ある程度予期してはいたのですが、一言アピールをと頼まれ、牧師先生の後にマイクを握ってはみたもののしどろもどろに、自分の70年前の戦争体験を交え、平和を宣言するカトリックの立場とかその大切さを2~3分話しました。話のあとで、長崎の原爆で父親を亡くされたというご婦人が話しかけてこられました。I女性会議釧路支部の代表をしておられるとのことで、新しいつながりができたのは有難いことだと思っています。

2015年6月2日火曜日

私の戦後70年。

去る57日は私のすぐ下の妹の70年目の命日でした。その約一か月後に、米軍の空爆を受け私の家は焼失しました。記録を見ると、「1945619日午後11時すぎ から約2時間にわたり、米軍のB29220機が無差別爆撃。福岡市の約3割が焼かれ、 6万人が被災し、死者・行方不明者約1千人とされる」とありました。この時、父は焼夷弾を受けて全身やけどを負い、疎開先の母の実家に戻ってきたのを覚えています。 この年にもう一人妹が生まれましたが、貧しかったせいで、3年後に麻疹で亡くなっています。

  その後も、アメリカは朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争と空爆を繰り返してきました。そんな国と安倍首相は「積極的平和主義」と称して、憲法9条を無視し、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行いました。このような動きに対して今年の4月、松浦悟朗司教は、「平和をつなぐ」を著し、そのむすびのなかで、原爆に被爆しながらも平和を訴え続けた永井博士が二人の子供たちに遺言として言い残した言葉を載せています。

日本をめぐる国際情勢次第では日本人の中から、憲法を改めて戦争放棄の条項を削れ、と叫ぶ声が出ないとも限らない。そしてその叫びがいかにももっともらしい理屈をつけて、世論を日本再武装に引き付けられかもしれない。

そのときこそ、誠一よ、カヤノよ、たとい最後の二人になっても、どんな罵りや暴力を受けても、きっぱり『戦争反対』を叫び続け、叫びとおしておくれ!たとい卑怯者、裏切者と叩かれても、「戦争絶対反対」の叫びを守っておくれ!

70年前のあの戦争が、私の二人の妹の命を奪ったのだと思っています。さらにあの戦争で私たち日本人はアジアの人々の多くの命を奪ったのではないでしょうか。このことに思いをはせ、心に刻まなければと思います。そして、アジアの平和のため、世界の平和のために、世界の宝と言われている「平和憲法」をなんとしても守らなければと思っています。松浦司教は「平和をつなぐ」の中で、具体的に何ができるかをよく教えてくれています。

 先日、札幌で中野晃一師の「憲法講演会」があり、日本の政治状況を学ぶことができました。8月の平和旬間にはより多くの人と実りのある集いを持つことができればと願っています。そのためにも、心から「主よ、私を平和の道具として下さい」と祈らなければと思っています。

2015年4月6日月曜日

雪解けの道東地区で復活祭を祝う

 今年の冬は数十年ぶりの大雪に見舞われましたが、復活祭を迎え雪もすっかり融けて、修道院の庭には、桜はまだ先ですが、フキノトウが顔を出しています。私は中標津で聖週間を過ごしました。土曜日にはお母さん方や子供たちも来て、お御堂いっぱいに花で飾り、イースターの卵もたくさん準備しました。そのせいでしょうか、復活祭の日は立ち見が出るほどお御堂はいっぱいになりました。フィリピンの家族や幼稚園の先生方はじめ、遠く標津や別海町、西春別など230キロ離れたところからも家族連れで、主の復活を祝い、喜びを共にしました。根室では、ベトナムのお嬢さんたち20人以上が民族衣装のアオザイを着て参加してくれたとのことです。パーティではベトナム料理も持ち寄ってくれたとのことです。花咲ガニが出たかはまだ聞いていませんが。釧路では、唯一の青年だった人が嫁いでしまったのですが、なんと彼女が代母になって復活祭に若い女性が洗礼を受けられました。青年会復活なるか大いに期待したいところです。

 札幌教区は、2015年4月13日に、北海道全体が一つとなって独立した知牧区となってから100年の節目の年を迎えます。この日から、100周年記念式典を行う2016年9月4日(日)までを「札幌教区100周年の年」とし、教区が一体となって次の100年に向かって歩んで行けるようにと、司教メッセージが出されました。その中で、2015年年頭書簡「出向いていく教会」を踏まえて、「共同体」「宣教」「召命」について、一人ひとりが札幌教区の現状を改めて考え実態を認識し、その現状を打破するよう具体的に考え分かち合っていくようにと勧めています。

私は、これからの福音宣教を考える時、改めて「復活信仰」の意味を深めることが問われているように思います。深い悲しみと失意の中にあった二人の弟子に、復活したイエスが現れ、同伴されます。聖書の説明を聞いて心が燃え、「主よ、一緒にお泊りください」と頼みます。そこで、イエスがパンを取り、手で分け二人に渡されると、二人の目は開けイエスだと気付きます。教皇フランシスコは「福音の喜び」の中で、「私はすべてのキリスト者に、どのような場や状況にあっても今この瞬間、イエス・キリストとの人格的な出会いを新たにするよう呼びかけたいと思います。」と述べています。

 

2015年3月31日火曜日

「一粒の麦が地に落ちて死ねば多くの実を結ぶ。」

釧路に派遣されて丸一年になります。何とか風邪もひかずに過ぎ越せたのは有難いことでした。数年前に気管支炎になり、歳もとってきたこともあり「寒い北海道」で大丈夫かなという心配がありました。かといって特別に健康に心がけたわけでもなかったのですが無事に過ごせたのは、空気がきれいな釧路で生活できたためと感謝しています。このことも含めて、いろんな出来事や出会いの中で、この一年を過ぎ越せたことは、多くの方々の祈りや支えがあり、こうして神様に守っていただいたおかげだと思います。

 一方反省すべきことは、いつもながらうんざりするほどあります。先週(322日)の主日の福音は「一粒の麦」の話でしたが、自分に死ぬということはなかなかできません。心安らかに「華麗なる生活」を送りたいのですが、私の毎日は、「加齢なる生活」で、鍵を亡くしたとか、テレビの声が聞こえづらいとか、人の名前とかものごとをなかなか思い出せないなどでいらいらしたり、不平や不満を募らすことが多くなっています。でも、私はある時ふと自分が霊的認知症になっているのではないかと気付いて唖然としました。一応修道者なのですが、生活の中で「主の現存」にほとんど気付いていないし、気付こうともしていません。祈りの時にでさえ、時間ばかり気にして「主の現存」に心を向けることなく過ごしているのです。気付いていないし、気付けないで、そのことに痛みも、不満も感じていないことが「認知症」だとすれば、私は神様に対してかなり重度の「認知症」と言わなければならないと思います。
 
そんな自分の弱さとか醜さを「主のご受難」と合わせて振り返った時に少し新しい気付きもいただきました。
マルコの福音書では、キリストはユダヤ教の最高法院でも、ローマ総督ピラトの前でもほとんど沈黙して立っておられます。彼らには、キリストが目の前におられるのにキリストが見えていません。ファリサイ派や祭司長たち、そして「十字架に掛けよ」と叫ぶユダヤ人たちのことを聖書で読み、典礼で記念するとき、私たちはどこに立っているのでしょうか。
ヨハネ福音書こう記しています。19:25 イエスの十字架のそばには、その母と母の姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアとが立っていた。
一方ルカは、イエスにつき従おうとしながらも裏切ってしまうペトロの姿を記しています。22:61 主は振り向いてペトロを見つめられた。ペトロは、「今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われた主の言葉を思い出した。22:62 そして外に出て、激しく泣いた。

2015年2月24日火曜日

四旬節の教皇メッセージ「心を固くたもちなさい」


213日から15日にかけて「カトリック正義と平和全国会議」が東京で行われ、初めて参加しました。13日は、公開講演で、「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」(1995年設立)共同代表の高里鈴代さんが、辺野古基地など、沖縄が抱えている現状を女性の視点で話された。その話の中で興味深かったことは、日本女子修道会が、東日本大震災の支援に引き続き、「シスターズリレー」の第3弾として、沖縄への連帯行動を決め、具体的には、沖縄県北東部の東村(ひがしそん)高江で米軍ヘのリパッド建設に反対する人たちの痛みに特に連帯するため、総長管区長会に加盟する76の女子修道会を四つのグループに分け、毎週土曜日にそれぞれ分担してリレー式に祈りと断食をしておられるとのこと。しかも実際に現地で座り込みにも参加されているシスター方がおられ、基地反対に取り組んでいる人々に大きな支えとなっているとのことでした。男子修道会ではまだこのような取り組みはしていないようです。ただイエズス会やフランシスコ会などでは原発や自然環境問題で日韓相互の修道会で取り組んでいます。
 

 14日の講師・中野晃一(上智大学教授)さんは、「現在の政治状況について」のテーマで、安倍政権の集団的自衛権の行使とか、国家秘密保護法など一連の非常に危険な動きを、分かり易く、しかもはっきりと話された。これに対して私たちは市民レベルでどう対応できるのかについて、
    我々は安倍内閣に反対せざるをえず、怒ることが大切であること
批判のみでなく、日中友好、日韓友好の提起などポジティブなメッセージが必要なこと
マスコミなどでがんばっている人をほめ、電話、ハガキ等で激励していくことが大事であることなどを提案されました。

 教会は18日、灰の水曜日から四旬節に入り、フランシスコ教皇は全教会の一人一人にメッセージを送りました。http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/doc/lent/15lent.htm
その中で、「今日、無関心という利己的な態度が、無関心のグローバル化と言えるほどに世界中に広まっています。私たちはキリスト者としてこの問題に取り組まなければなりません」。「最も緊急を要する問題の一つであり、私がこのメッセージの中で考えているのが、まさにこのグローバル化です」。安倍政権はこの“人びとの無関心”を巧みに利用していると思います。しかし、フランシスコ教皇は、私たちが「神の愛に心を向ける時、歴史の中で絶えず生じている問題への答えを見出します。」と述べ、さらに「神の愛は、無関心という致命的に閉じこもった状態を打ち砕きます。」と力強く主張しています。私は、この四旬節の間、すべての人のために死んで復活された「神の限りない愛」に心を向けるように努めたいと思っています。

 

 

 

2015年1月27日火曜日

澄み切った幼子のような心になれたら


 釧路の天気はこのところ荒れ模様で、昨日は雪で、今日は深い霧に覆われていました。先週の週末23日,24日は猛吹雪で、厚岸教会はJRで行くことに。駅から教会までの雪道を転ばないように気を付けながら歩いていると、教会のキーを忘れていることに気づきました。締まりのない話です。 その日の午後は、久しぶりの晴れ間になったので名カメラマンの兄弟に案内していただいて修道院の近くの公園に行き「釧路の夕日」を撮ることにしました。
 
 
 ところで、18日から25日はキリスト教一致祈祷週間でした。たまたまですが、18日の夕方、この春、東京の方に転任される牧師先生の送別会のかたちで、釧路市内の牧師会の先生方とお会いする機会がありました。お互い食事を囲みながら、自己紹介を兼ねた近況報告をし、交わりを深めることができました。長老の牧師さんの話によるとこの牧師会は現在300回を数えるキリスト教朝祷会がもとになっており、第一回目はカトリックの教会で開催されたとのことでした。カトリック教会でもう一度ぜひ、共に祈ることができたらと思いました。 
 
  もう一つ興味深い話は、その長老の牧師さんの孫がハリスト教会の幼稚園に通っているとのことですが、ハリスト正教会の若い牧師さんが話されには、同じ幼稚園に通っている自分の息子が、ある日突然聖書を幼稚園に持っていきたいと願ったとのことです。理由を聞くと、友達の子が聖書を持って幼稚園に来ているから、自分も持っていきたいというわけです。

 幼い子供たちは神様のことばをどのように受け入れているのでしょうか。先日、新川の幼稚園でお話をしたときに、クリスマスの劇でマリア様の役をした女の子に「あなたは神様の子を産むでしょう」と言われたときに、なんと答えましたかと尋ねると、「神様のおことばどおりになりますように」と、もう一か月以上過ぎているのにちゃんと覚えていました。

2015年1月16日金曜日

節目の年を迎えて


新しい年が明け、正月も半ば過ぎ、みなさんいかがお過ごしでしょうか。17日には阪神淡路大震災20周年目となり、さらに今年は戦後70周年の大きな節目を迎えています。テレビも新聞もそれぞれに特集を組んでいるようですが、昨年の暮れ、沖縄・辺野古基地の問題に関して、琉球新報http://ryukyushimpo.jp/読むようになりました。皆さんはどんな新聞をお読みでしょうか。ちなみに、琉球新報は「外務省は15日、外交文書41冊を一般公開した。沖縄関連は9冊」と報じ、他社よりも詳しい記事や社説を載せています。

基地問題に関して横須賀、厚木、座間など13の米軍事施設を抱えている神奈川県の神奈川新聞http://www.kanaloco.jp/も最近よく見るようになりました。基地問題は沖縄だけでなく日本全国にあることもわかってきました。さらに、神奈川県のホーム・ページに「かながわグランドデザイン 基本構想」というのがあり、「人口が密集する神奈川にあって、県民生活や地域のまちづくりに障害を与えている基地の整理・縮小・返還に向けた取組みを進めます。」とあるのを知り少し驚きました。しかし、それ以上に驚いたことは、東京・神奈川を含む一都8県に及ぶ広大な日本の空が「横田空域」と呼ばれてアメリカ空軍の管制下にあり、日本の民間航空機は戦後70年たった今も自由に飛べないということでした。

憲法についても、基地の問題、原発の問題もいろいろ難しい問題を抱えていますし、到底私たちの手が届かないところにあるように感じてしまいます。しかし、そう思うことこそ権力者の思うつぼに嵌められることになってしまいます。神奈川新聞は昨年、安倍内閣が集団的自衛権行使を可能にする閣議決定に踏み切ってから「時代の正体」という特集をはじめ、成人の日に合わせて、110日、11日、13日、3回にわたって3人の「ハタチの叫び」紹介しています。(“時代の正体”で検索可能)

 「 安部さくらさん(20)は、暮れの衆院選で初めて選挙権を行使した。票を投じた候補者は落選した。声を上げているのはしょせん少数派で、やっぱり無駄じゃないのか。」
 「そうじゃない。私が票を入れた候補者は落ちたけど、誰に入れるか考えた時間に意味があった」
 「思索を重ね、出した答えがある。絶望の未来を知り、そこから導かれるいまがある。」
 「明日への希望を語り続けたい。それは、私自身が自由であり続けてこそできることだから」
 (時代の正体〈48〉ハタチの叫び(上) 私が自由であるために )

 

2014年12月30日火曜日

2014年、1年を振り返って

 大阪生野から、北海道釧路への移転は私にとって今年最も大きな出来事でした。日本の冷蔵庫とも呼ばれている釧路に着任したのはまだ雪の残る4月8日でした。福岡育ちの私にとって寒さは苦手ではありますが、それほど心配はしていませんでした。これからまだまだ寒い日が続くのでしょうが何とか過ごせるのではと思っています。空気汚染がひどい大阪に比べ釧路は空気が澄んでいて、魚介類など食べ物も新鮮で、そのせいか体調はむしろ良くなっている感じです。最近は、きれいな夕日を修道院の窓から楽しんでいます。

ただ、こちらでの宣教司牧のスタイルにまだ戸惑っています。司祭に叙階されて来年で40年になりますが、それまでずっと小教区の教会に住んで宣教司牧に従事していましたが、釧路では緑ヶ丘の修道院に居住して、4つの小教区を巡回する形なので、同じ教会の信徒と出会うのは一か月に1回で、しかも根室と中標津は100キロ近くも離れているので前日から出かけることになって、ミサが終わると1時間ぐらい信徒の方たちと関わることができますが、それ以上の司牧的かかわりは難しいのが現状で、来年から、従来と異なるどんな新しい宣教司牧を目指すか私にとって大きな課題です。

二つ目の大きな出来事は札幌教区の正義と平和の担当司祭の任命を受けたことです。これまで、人口が集中している札幌市内を中心とした札幌地区の正義と平和委員会では、プロテスタントの教会をはじめ一般市民との幅広い活動が行われていますが、同じように活発な活動を続けている旭川地区以外での北海道の各地区での社会問題に関する取り組みは動きが鈍いように思えます。一つには正義と平和の問題に関する理解がちゃんと得られてないことに原因があるように思えます。これは日本の教会全体にも言えることで、司教団はそのために、「なぜ教会は社会問題に関わるか」という本を、社会司教委員会を通して発表しています。ちなみに、カトリック中央協議会のホームページでは、教会が社会問題に関わるようになった経緯を以下のように述べています。

「1967年、教皇 パウロ六世の呼びかけにより、ヴァチカンに「正義と平和委員会」が設立され、全世界の司教協議会にたいしても同じ趣旨の委員会を設けるようにという要請が出されました。それは、貧困、抑圧、差別のなかで、人間としての当然の権利を奪われ、苦しみの叫びを上げている多くの兄弟姉妹に愛をもって応えるためでした。日本でも、1970年「正義と平和司教委員会」が発足し、これと平行して信徒による自主的な活動も始まりました。さらに74年、これら司教による委員会と信徒の活動を一本化し、今日の「日本カトリック正義と平和協議会」がスタート。世界、特にアジアにおける社会正義と平和の実現のための活動を開始し、現在にいたっています。」

1981年、日本を訪問された教皇ヨハネ・パウロ2世の広島での『平和アピール』を受けて始められた、「日本カトリック平和旬間」の取り組みや、今年で20回目を迎えた「日韓司教交流会」も正義と平和の促進を目指しています。来年、戦後70周年を迎えるあたり、このような日本の教会の動きに札幌教区全体が連帯し、福音を証する時となればと願っています。

私にとって、教皇フランシスコの使徒的勧告「福音の喜び」との出会いも非常に大きな出来事でした。「新たな福音宣教は、信者に新しい信仰の喜びと、福音宣教の豊かさをもたらします。」(11)。「イエスの模範に忠実であるために、現代の教会があらゆる機会にためらうことなく、恐れることなく福音を告げるために出向いていくことは重要です」(23)と述べています。さらに、「出向いていく」教会とは門の開かれた教会です。隅に追いやれている人、道端に倒れたままにされている人に寄り添うために急用を断念し…、帰ってきた息子がすぐ入れるように門を開けままにするように…」(46)と呼びかけています。

「恐れるな、私は民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日あなた方のために救い主がお生まれになった。」(ルカ2,1011

 

 

 

 

2014年12月15日月曜日

幸か不幸か、、よく分からない選挙!?


自公大勝との報道ですが、自民党は解散前より議席を5減らし、民主党は逆に11議席増やし、共産党はなんと13議席も増やしています。確かに前回に引き続き今回も自公連合で3分の2以上を獲得していますが、それでも1議席マイナスですから、631億円もの巨額の選挙費用を使って何のための選挙だったのかと思います。しかも戦後最低の投票率52,67%を記録。 

安倍首相は会見の中で、「憲法改正は我が党の悲願だ」と明言しています。これから、「平和憲法」をどう守っていくか、私たちの姿勢が問われているのだと感じます。そんな中で、不幸中の幸いというか、沖縄の人たちが4つの小選挙区で「辺野古への新基地移転反対派」をすべて当選させたことはすごいことだと思います。この思いを繋げ、広げて行かなければと思います。脱原発に賭ける元民主党の菅さんが最後に復活当選したことも象徴的な出来事のように思えました。

教会は今、世の救い主の来臨を待ち望み、御降誕の神秘を聖母マリアと共に思いめぐらしています。「闇と死の陰に坐している者たち照らし、私たちの歩みを平和に導いて下さる方」に、「主よ、早く来てください」と祈りながら!

ヨハネ福音史家は力強く記しています。

「光は闇の中で輝いている。闇は光に勝たなかった。

      すべての人を照らす真の光はこの世に来た。」(ヨハネ1,5.9)

 

2014年11月30日日曜日

二つの島が日本を変えるかも。

 祝島をご存知でしょうか。東西に約3k。山口県の瀬戸内海に浮かぶハート形のかわいい島です。その対岸、山口県上関町四代田ノ浦に1982年、中国電力が出力135万キロワット級の原子炉2基の建設計画を発表しました。これを知った祝島のおばちゃんたちが「大切な海が汚される」と自然と集まり、「原発反対!」を叫びながら歩き始めました。それ以来32年間「上関原発建設反対」を叫び続けて、毎週月曜日の恒例の「原発反対のデモ」も今年の9月で1200回を超えました。お蔭で、いまだに原発建設のめどは立っていません。政府がバックアップし、巨大企業の電力会社がメンツをかけて原発建設を推し進めようとしても、祝島のおばちゃんパワー(もー、おばーちゃんパワーになっていますが)に勝てないでいます。201410月に埋め立て免許の期間が切れ、中国電力は県に延長を申請したが、計画は中断されたままになっています。
祝島のホームページ http://www.iwaishima.jp/ を一度ご覧下さい。

 今回の沖縄県知事選挙は皆さんよくご存じだと思いますが、普天間飛行場の名護市辺野古移設の是非をめぐり、従来の保守・革新の対立構図から 一転して、翁長雄志氏が現職の知事仲井真弘多氏に圧倒的な大差をつけて初当選を果たしました。このことを現地の琉球新報http://ryukyushimpo.jp/は11月17日の社説で以下のように書いています。
<社説>新知事に翁長氏 辺野古移設阻止を 尊厳回復に歴史的意義
   『新たな基地は造らせないとの民意は揺るがない。県知事選で、そのことがあらためて証明された。米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設反対を掲げた前那覇市長の翁長雄志氏が、政府と共に移設を進める現職の仲井真弘多氏を破り初当選した。
  約10万票の大差は、県民が「沖縄のことは沖縄が決める」との自己決定権を行使し、辺野古移設拒否を政府に突き付けたことを意味する。翁長氏には、政府の強硬姿勢を突き崩して移設問題など基地問題に終止符を打つことに全力で取り組むことを期待したい。』
 
 マガジン9に紹介されている三上智恵(みかみ・ちえ): ジャーナリスト、映画監督の沖縄レポートhttp://www.magazine9.jp/article/mikami/16484/ 非常に興味深いです。
また、沖縄タイムズ社の記事、「オスプレイと在沖海兵隊は「御守り」にすぎない」も是非参照してみてください。http://www.okinawatimes.co.jp/cross/?id=168